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公開日:2020年5月3日

「さあ質問コーナーです。どんなことでも何でも構いません。ジャンルは不問。通常では尋ねにくいことでも、ちょっと恥ずかしい事でも、何でもよござんす。さあドンとこい。なにが何でも質問コーナーです。」

キラウエアでの火山体験がすみ、次なるポイント、プナルウの黒砂海岸へと向かうツアー車両は、1200メートルの山頂域から、なだらかなハイウエイ11号線を快速で飛ばしている。車窓には火山の東側を覆っていた鬱蒼たる熱帯雨林の様相とはうってかわって、全く雰囲気を異にした不毛の乾燥地帯が広がっている。年中、東から山越えしてくる貿易風と頻繁に続くキラウエアの火山活動の影響である。

ところで一向に質問が出てこない。日にもよるがこういった場合には歌など唄って進ぜるか、はたまたジャンルを少々特異なものに絞り込んでお客に詰め寄るのがよい。

「よくね、ツアーの最後の最後になって、どえらいご質問をなさる方がおわしまするが、もっと早く言ってよぉっ、という感じです。答えるのに時間が足りまへんね。例えば、よく肉体を抜けていろんなところに旅をするんですが人に言うと変に奴と思われそうで怖いいんですとか、生まれる前、それも母体に入る前の記憶が・・とか、実は父が祖父から聞かされたと言う戦地での秘話とか、怖い体験とか色々。このツアーはみんなのフォーラム。何でも発言してください。そうだ、久しぶりにUFO関係のご質問でも募ってみましょうかね。そういたしましょう。宇宙人やUFO関係はここ数年あまりお話しせず、興味を向けていませんでした。折にふれ時に感ずるかのようにその世界の専門家たちがツアーにひょっこりおいでになっていましたが、そういえば最近あまりふれなくなったたので素通りだったのかもしれません。うん、そう致しましょう。ではあらためまして、UFOや異星人についてのご質問はござりませぬか。あるいはご体験のシェアなどはさらに大歓迎です。さあ行ってみましょう、さあ!」

久しぶりの話題であった。その日はどうも、お客の反応が今ひとつといった感じのまま、ツアーもそろそろ終盤に差し掛かってきている。ざっくばらんな対話にて何とか、お客との心の一体感を達成しておきたかった。すると朝一番からツアーの雰囲気作りに協力的だった助手席の木村さん(仮名)が

「それじゃぁ」

と後方のみんなにわざわざ見えるように手をあげてくれた。彼は奥さんの計らいを受け一人での参加。羽を伸ばしておいでと背中を押され、義母と彼女をホテルに残して来た。

「ガイドさんは、UFOの存在を信じますか」

しかしそれはあまりにも初歩的な内容だったので、自らの体験談をお話しする事で、その気遣いへの恩返しと木村さんの認識を変える一助としようと思った。

「木村さん、今頃なにをおしゃっているんですか。昨夜はマウナケアのツアーにご参加になって、あの満天の星空をご覧になりましたよね。月の影響のないあの夜空を。」

傍らでしげしげと彼は頷いた。

「流れ星も、人工衛星も星団も天の川も、あの夥しい星屑に埋められた天球もただ私たちの銀河系のごくごく一部にしか過ぎないのですよ。ですからそんな銀河が数え切れないほど存在するというこの大宇宙のそれまた無限としか言いようのない星の数の中で、この地球にしか生命体がいないというのでしょうか。確率で考えても必ずや生命を宿す星は沢山あるでしょう。ここは学会ではなくツアーなのでずばり申し上げましょう。宇宙は生命に満ちています。いや宇宙自体が生命の現れですよ。さらに人間は可視光線と呼ばれる光の領域しか肉眼で感知できませんが実際、赤外線や紫外線さらに遠赤外線やX線などの領域もあるわけで、つまり人間には不可視の領域つまり異なった周波数帯の世界もでも同様に考えてみるならば、それはもう大変なお話になりますよ。まず第一に、皆さんご自身がすでに宇宙人だもんね。それにもし地球人人しかこの宇宙にいないとすれば、大宇宙の英知も大した事ないもんだ。あらあそい、自然を破壊し同種族を殺すことばかり繰り返す。」

前置きか些か長くなった。しかしながら正直、宇宙人がいるかいないかなどの議論には苛立ちを禁じ得ないのでこうなってしまうのだ。

「あれはまだ日本にいたころ、25歳の頃です。山梨県の清里に住んでいました。今は北斗市に入っていると聞きますが、昔は北巨摩郡清里といったはずです。そこには当時、宇宙生命科学というべき分野に見識のお深い橘先生(仮名)が、朝夕集われる人々にお話をされておりました。私もご縁あって甚く興味を持ちましたので、東京から引っ越して高杉荘(仮名)なるアパートに住み、地元の土木工事の現場でのアルバイトを生業としながら、聴講させて頂いておりました。そのあたりの経緯も相当ウケル話なのですが、そこにまで踏み込んでしまうととてもじゃない、時間が足らなくなるので、そこは割愛です。」

かなりお客が乗り気になって来ているのを感じる。ルームミラー越しにもこちらに注目している沢山の目が光りを湛えているのが分かる。隣で木村さんは真っ直ぐ正面を向いて遠くを眺めていた。その横顔からも話に聞き入ってくれていることが見て取れた。いくら走行してもなかなか標高が下がらない。典型的な楯状火山の特徴は極めて悠長なその傾斜にもあった。

「清里での生活は色々と思うところあって3ヶ月で切り上げることになりました。決断の最後の一押しとなったのは、現場監督の塩見(仮名)さん、確か当時35歳でしたが、から受けたお叱りです。当時、絵描きになりたいという将来の夢を語っていた私に彼はある時

『わしらを手伝ってくれるんは嬉しいんじゃが、絵描きになりてえに毎日ツルハシ持っててどうするね。もうちと考えてみりゃ。』

と言ってくれまして、なるほどと一晩思案の末、日本を出てパリで夢を追いかける決意をして翌日、塩見さんにそう告げますと

『ああ、それがいいな』

と、大変喜んでくれました。

さて、高杉荘には当時10名ほどの住人がいてみな橘先生を慕って集まって来た県外の人ばかりです。とても変わった人ばかりでしたがその中でも、青山さん(仮名)という当時40過ぎの女性は私を過去生での息子と言って、たいそう可愛がってくれまして、あらぬ噂もたったほどです。パリにゆくと決意のほどを告げると、涙声でかなり引き止められました。清里を立つ前日に八ヶ岳連峰の最高峰赤岳が夕日で真っ赤に染まる姿を忘れ形見にしょうと、その青山さんと二人で眺めの良い丘の上に座っておりました。西陽を受けて燃え上がるその山肌は厳しい冬の訪れを知らせる引き締まった大気の中でいっそう際立って、次第に空もその絶頂の色合いに青味をさし始めます。と、その時

標高3000メートルほどの山のほぼ真ん中に、ぽっと一つ明かりがともりました。ああ登山客の電灯だなと思いきや、なにやらゆらゆらとしながら斜め上方に移動、人のにしては早すぎる。ああ、自動車のヘッドライトだ、ちょっと待て、赤岳に車道はない。えっ、じゃあなんだ、などと青山さんとともに次第に激して来ると、何とその光は山の稜線を越えて山の右側の空でゆっくりと円を描くように飛行を始めました。するとまたひとつ、先ほどと同じ地点から明かりが出現して、同じように稜線を越え、あっまたひとつ、また、と次々に合計7つの光体がすでに赤岳上空で円舞飛行、おまけにそれそれが七色に色を変えながらです。」

次第に当時の興奮がありありと蘇って来て、夢中になって話ていたのだろう。はっと我に返る。よくあることだが、話が興に乗ってくると運転のことは忘れてしまう。いや正確には、次のポイントに停車した時に、ただ、全くどこをどう走って来たのか記憶にない。という具合だ。つまり、運転用の自動操縦モードのような意識が分離して無意識化するようだ。すでにキラウエア南西部の荒涼とした風景は去り、緑豊かな農園地帯に入っている。そろそろマカデミアンナッツの生産地パハラに差し掛かっていることがわかった。まだ5分はある、この話は、プナルウまでに完結しておかなければと、回想談話を続けた。

あれほどまでに行くなと泣きつかれたほどであったのに、その時の青山さんは全く違う。過去生の業にはひきづられるのよ、とかねてからよく言っていた。

「祝福してくれているわね。あの人たち。あなたはやはり行きなさい。」

あたりはもうすっかり暗くなっていたが上空の光の饗宴はまだやまない。口には出さなかったが胸の内ではパリへ出る決断に対する信頼がここで絶対なものとなった。空の人たちのお蔭だ。思わず

「ありがとう」

と呟くと、七機は同時にパッと消えた。

プナルウという昔の集落跡は黒い砂の海岸だ。黒い砂はこの島においてはさほど珍しいものではなく、溶岩が海に流れ込むとその1200度以上のエネルギー体が海面直下で水蒸気爆発をきたして発生する二酸化ケイ素と酸化鉄の細かい結晶群。この海岸の場合はキラウエア火山の溶岩流によって作られた黒砂が海流に乗って南下して入江に打ち上げられた形になっている。

また昔から、ウミガメをホヌと呼んで神聖視して来た。そのおかげで捕食の対象となっていた古代ハワイの時代でもこの海岸には安心して上陸して甲羅干しを日課とするようになったと言われている。

その昔カウイラというウミガメが、女の子に変じて現れ、子たちと遊びながら常に危険を遠ざけてくれたという伝説によれば、彼女の巣は海底に点在する湧水点。今でも海底から水泡が立ち上るのを見ると地元の子供たちはカウイラがそこで眠ってと言う。実際、この入江の海底にには、背後にそびえる世界最大の体積量をもつ山マウナロアからの地下水が湧き出る地形上の特徴があり、昔のハワイ人はその湧水を潜って採取して、飲料していたところから、プナ水、ルウ潜ると言われるようになったらしい。黒い砂の海岸線と居眠りにふけるウミガメたち、その風情はハワイ島南部きっての観光スポットとなっている。

海岸生のパーキングに停車して、ツアー車両からお客の全てを外へといざなった。その手はすでに差し伸べてある。必要な人だけ取って手すりになさればよろしい。目は伏してあるので、相手によって感情が起伏することはない。わかりやすく言えば、特定の女性客に下心がくすぐられ、囚われの心がわずかでも生じないようにするための知恵。すべての方に愛燦々と。これはツアーの信念。くだんの木村さんはもう彼方の黒砂の上で居眠り中のウミガメたちの傍で立ち尽くしているていとなっている。他のお客たちも彼のいる場所へと、ふえてな足取りで一歩一歩黒い砂を踏んでいる。しかし1組の夫婦だけは、物言いたげに車両の脇に残っていた。そこで、すっかり言い忘れていたこともあったので、

「あっ、お手洗いならあちらですよ」

と、50メートルほど離れたところの小さな施設を指さした。ところが、その二人はこちらを向いたまま

「ガイドさん、実はお願いがあるんです。」

「ハイ、何なりと喜んで。」

迷いは禁物、ツアーガイドに取ってはお客のお役に立てること何よりの悦びだ。

「ぜひツアーの後、私たちと夕食をご一緒くださいませんか。」

正直、困った。翌日もツアーで朝も早い。早朝から日没後までの長いツアーだ。一定の睡眠時間は絶対に確保しなければならない。ハワイ島は大きい島なのでとどうしてもツアーの走行時間が長く、いかなるガイドでも必ず悩まされるのが、突如飛来する睡魔へのとりなしであり、千萬に共通した鉄則は十分な睡眠時間の確保なのだから。この後、日没どきを2時間走行して島の反対側のワイコロア地域を北上しながら5組のお客を4つのホテルでお下ろしした後にまた南下してマリオットホテルまで戻りさらに晩餐をお供してさらに・・と一瞬思うだけでも、うんざりする。不可能だ。

ほぼ一日中お客とガイドとして共に過ごして来てある程度そう言う事情などを察してくれないものかと、むしろ不愉快でさえあったことは告白する。客人から受けたお招きは断りにくいと言うガイドの心情を汲み取ってあえてその様な、気の利かない発言は控えて欲しい。いや、そんな事もわからないのかと密かに憤ってもいた事すらも自供しよう。

「あのぉ、お付き合いがあるんです。」

一体なにを言っているのか、この奥さんは。愛想良く対応はしているものの、心は固く閉ざされてすでに聞く耳は持たない。ほらウミガメが今日は沢山、時間がもったいないですのでさあ、と言いかけた時

「ある星の人たちと一緒に働いているんです。ガイドさんにメッセージを伝えろと言われています。」

と言う事で、ツアー終了の後、クイーンズマーケットプレイスのレストランで夕食を共にすることとなった。

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ポハク西田
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