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公開日:2020年4月28日

妻に付き合って今日は久しぶりによく歩いた。

パンでミッックの中、ツアーも数ヶ月凍結となり、ハワイ州でも支度待機例はまだ解けていない。昼寝をしてしまったせいでなかなか寝付けないので、皆が寝静まった夜おそくにひとりカウチに腰かけて何を書こうかと思案していると、ピピンと呼ばわるる小さな黒犬がべったりと身を寄せてさっそく寝息を立て始めた。健気なものだ。左手で軽く撫でてやっているとしかし、あることに気づいた。傍だけでなく。どうもあちこちと寝息が多い。耳を澄ましてみた。確かに多い。この家には四人しかいないはずで、皆それぞれ自分の部屋で寝ているわけなので、通常寝息は聞こえないはずだ。新鮮な驚きだった。そう犬猫ら、である。

見回せば、そぐ側、カーペット上にはベラと呼ばわるハスキー系の白い中型犬がいびきすらかいている。放屁もする、寝言もいうのだ。目をあげれば、やや奥のソファーの上でキンバなる茶虎の猫大将、その背もたれの上で球のように丸まって寝ているのは麗しの美猫ルル、そして独眼の重鎮、銀色猫夫人ナイアだけが、棚の上に凛と端坐して薄暗がりの中で瞳孔を最大限に広げた真っ黒な瞳でこちらを凝視している。この連中のせいだったのだ。

もはや彼らのいない生活などはかんがえられない。子供の頃、犬や猫を飼ったことはなかったが、30歳を超えた頃からは必ずと言っていいほど犬猫の数匹は身の回りにいた。つまり飼っていた。今となっては、彼らの存在なしでは、人生が色あせてしまうことは間違い無いだろう。かけがえのない家族の一二三四五員だ。

目下、当家は、人4犬2猫3のメンバー構成になってはいるが、前述のように、これまでにもいろいろいた。しかしながら、引っ越しや、夫婦別居や、様々なトラブルなど、そして死別もあったりで、やってきた犬猫たちは皆しばらくして、それぞれの時に去っていった。そして現在、ようやくこの面々に落ち着いた感がする。いろいろと不安定だった夫婦関係もすっかり落ち着き、思えば二人の関係における心の安定が、犬猫の我が家における在留期間の増長、しいては、面子の予期せぬしかし、着実な増加につながっているのかもしれない。

以前、子供たちがまだ小さかった頃、ミカというオレンジ色の猫がいた。日本語でオレンジは何というのか、という子供たちからの問いかけにみかん、と答えた事からミカとなったのだが、ある時妻が

「ミカが仔猫を産むと、子供たちも喜ぶわね」

と言った。そして、ミカが懐妊した。というより孕んでいることがわかった。次第に腹は膨れて乳房もあらわになってくる。それらは八つあった。ふと犬は、と思いついて、当時すでにいた中型犬ベラの乳房を調べるとなんと十個。今まで意識しなかったが、なぜ猫と犬では数が違うのだろうか。

ある朝、ツアーに出るまえ、ミカがの猫箱を除くと糞をするような格好をしていたかと思えばニュッと赤子猫が押し出されてきた、ツアーのことで慌てていたため、それを確認しただけで家を後にした。妊娠期間はたった3ヶ月にも達していなかった。それはしかし猫の世界では普通である。

仕事を終えて、帰宅すると、子供たちが神妙に箱の前に座り込んでる。

「何匹?」

と尋ねると、娘が急ぎ振り返って

「シーィッ」

咎められた。しかし娘はこのかけられた布幕の端を注意深く捲し上げて目で合図した。そこには、横たわったままミカに、あたかもブドウの房のような5つの綿の塊が付着していて、もぞもぞ動きながら、乳を吸い、ミューミューと鳴いている姿があった。ミューというのはアメリカ人が猫の鳴き声を表現するときの言い方だが、常日頃から、いや、どう聞いてもニャーニャーだ、とガンとして主張を曲げないできた。しかしこの5匹の新生児たちからは皆ミューと聞こえた。その日以来、仔猫たちは子供たちの新たな楽しみとなった。もちろん夫婦にとっても。

何だかふかふかになってゆく。仔猫は人や犬の子とはまた違ったいい香りがする。みんなすくすくと大きくなってゆく。日に日にいろいろなことができるようになってくる。ヨタヨタ歩きしかできなかったのに、あっと言う間にに転がる鞠のように走り回るようになった。、食欲も旺盛になって、乳房の奪い合い。ついつい見兼ね、こいつあいつと取っ替え引っ替え、皆が十分に乳房を吸えるように気を使った。ミカはいつも子供たちが乳を夢中で吸う姿を満足げに眺めていた。これは妻が子供たちに授乳している時にも見た眼差しである。

行動範囲が広がってくると、始終、目を光らせて5匹いるかを数えて確認しなければならない。イズィー、キアベ、ナタリー、リリ、そしてブッタは元気いっぱいの5匹兄弟姉妹である。次第に個性がはっきりしてくると、兄弟姉妹の関係性も出てくるが、こと一番体躯の大きなブッタには際立った存在感というものが宿っていた。そして最も家族の者から愛された。

リリはいつも授乳の際、先の4匹に遅れるので、子供たちが砂を掘るように仔猫と仔猫の間に隙間をつくって、彼女に乳房をあてがってやらねばならぬことが多かった。しかし結局はママミカが取り計らってくれるのだが。お調子者のイズィー。好奇心旺盛で冒険家のキアベ、ナタリーはいつも母親のそばからな慣れなかった。そんな中でブッタだけはいつもひとり超然として泰然自若。しかし人の所作には、こと興味を示し、近寄ってきては、きちんとそばに正座してそれを眺めていることが多かった。木剣で素振りを始めると、必ず横で静かに見取り稽古を決めるのが常だった。またその名称も彼のそんな雰囲気にぴったりだったからで、ただし一つの濁音だけは取っておいた。毎日仕事の後、家に帰るのが、それまで以上に楽しみだった。そして子供たちにはこの仔猫たちの誕生と成長が素晴らしい経験の連続となっていることは明らかである。その頃のたくさんの写真が残っている。

みんな順調に、すくすくすと大きくなって行った。乳ばなれもすみ、皆思いおもいに庭に出たり家に入ったりするようになった。時おり、余りにも速やかに大きくなってゆく様にハッとした。そしてささらに余計に5匹いるかの注意が必要になってくる。子供の成長とは、いろいろな意味で大変なものだ。ママミカはようやく自由を取り戻した気楽さを謳歌しているようで、まだ緩んだ腹を揺らしながら、ひなたに出て、昼寝するのが常だった。そんなある日、ツアー中に電話が鳴った。息子からっだった。

「パパ、ブッタが死んだよ」

震えた泣き声だった。

連絡は午前中の運転中だったので、手短かに、遺体を日陰に移動しておくことを指示しただったが、その日のツアー中、常に胸は張り裂けたままだった。

「なぜ?」

その問いかけが繰り返し何度も嗚咽のように湧き上がってくる。おそらく薬だと直感した。つい最近まで、一週間ほど長雨が続き、そのあと掌を返したかのようにカラッと晴れ間が続いた。すると、なんとハツカネズミの大発生。あちらでチョロリ、こちらでチョロリと。きっと近隣の何軒かの家では、ネズミ様の駆除薬を撒いていたはずだ、その薬を食べたネズミを、ブッタが食べたのだろう。大将は最近、ネズミを取ることを覚えてよくその手柄を誇らしげに、ネズミをくわえて見せにきたり、玄関に転がしてあったり、その手腕は家内ですでに轟いていたのである。ほとんど覚者猫である彼には、朝飯前だったのだろう、もしかしたら人間を喜ばそうとしていたのか、あるいは人のために必要と思われる駆除を黙々と行っていたのか、いずれにしても彼なら、どんな理由だとしても肯けてしまう。

内緒のことだか、ツアーはできるだけ早く終われるように工夫した。よって、日の入りまでには帰宅できた。

子供たちが出迎えた。妻もキッチンから一瞥をくれた。聞けば、裏の垣根の下に置いたという。一人で出て行った。もう涙が吹き出して止まらない。一瞬どこにも見当たらないので、全てが何かの間違いだったのだと、ほっとした幻想に逃げ込もうとしたが、彼は垣根の下に静かに横たわっていた。もう10時間はたっていて、すでに固くなっている体を撫でながら、その面を見ると、幸い安らかな表情なので、嗚咽に咽びながら微笑んだ。以前に飼っていた猫が、自動車にはねられたとき、外傷はなかったものの、半日で遺体はだいぶ悪くなっていたものだ。抱き上げようとしたとき、親指が、横腹に突き刺さった。もう腐乱していたのである。この住まいは、けっこう標高の高いところなので、ハワイといえどもずいぶん寒い。そかしそれが幸いした。

そこからは、思いつくままに取りなした。まず段ボールの箱に白布を敷き、ブッタの遺体をそっと横たえ、自室に設けた祭壇、といっても小さなテーブルにやはり白の布を掛けで、その上に箱ごと安置した。そして地ビールを一本供え、一本を飲んだ。さあ、葬儀の始まりだ。実はその数日前にチャーターがあったが、皆、インドの聖者サイババを信奉されているグループで、ひょんなことから、ガヤトリーマントラという、崇高なマントラを伝授いただいていたので、白拍子を打って体を振りながら朗らかな声で、そのマントラを歌うように繰り返し繰り返し唱えた。次第に恍惚としてくる。閉じた目には時おり涙が溢れるが、もはや悲しくはなかった。別に何も念じていたわけではない。ただブッタの旅立ちに、ただ楽しく、ただ花向けに賛美歌を歌っているというのが、最も近い表現となろう。しかし、いろいろな思いも湧いてくる。彼は本当に別物だった。もうこれでよしと思った時には、1時間は悠に過ぎてていた。

次、庭に立つ、ウィリウィリという大きな木の下をショベルで掘った。50センチ程の深さに。そこへみんなで集めた花束を敷いて、そっと彼の遺体をその穴の底、花々の上に横たえ、息子が自分で創った詩を朗読した。かがんで遺体のうえに詩をしたためた紙をおく。そしてみんなの手で少しづつ土を覆いかぶせて、一本だけ小枝を立てた。ひと時のの墓標である。線香を三本まとめて、火を灯しそこに立てた。みんなで口々に、感謝の意を述べた。

その後、四年間その家に住んだが、その間、この木陰は家族皆の憩いの場となっていた。残された4匹は皆無事に大きくなり、やがてそれぞれのもらわれ先へと嫁いで行った。ブッタのことを兄弟姉妹はどう思っているのか知る由もない。ミカにはそれほど動揺があったようには記憶していないが、すでにあの木を見ることもなくなって久しい。娘はもう成人してしまった。

次の日、ツアーはいつものように、ハワイ島をじっくり一周。その日、助手席に一人で参加の女性が、アシスタントを務めてくれた。とはいっても、ツアーの盛り立て役に抜擢したという意味で、別段に打ち合わせなどあったわけではない。とても明るい人で、色々と会話の掛け合いにも間の妙を得ているようで大いに助けられた。時に昼下がり、キラウエアに向かう登坂ルートを走行しながらゲストは皆、自分でアレンジしたオーガニックのランチボックスを手に舌鼓を打っている。そのころ何気に、前日の大事件の話が、口からこぼれた。するとアシスタントは目を見開いて、

「私の主人は漫画家で、猫をテーマにした代表作もあるんですよ。XXXって知ってます?」

もちろん知らぬ、が、客席の方では、驚きの声も上がっていたので、有名な方なのだろう。猫つながり。吾輩も猫である。ここでは書けないが、その代表作の題名やテーマが何とはなしにブッタに通づるところがなおさらしっくりくる。かようなシンクロは大切な情報である。

キラウエア到着、ここからはツアーの真骨頂。ゆったりたっぷり満喫してもらう。

そうして、その日も無事にツアーが終われる。これはよく考えると奇跡なのだ。600キロの走行を週5回続けるということは、その間、注意力が絶えず注がれている、というわけではない、つまり、無意識や、よそ見、眠気、いろいろな障害で100%運転に集中できているわけではあるまい。そして、やはりいつも無事に帰ってこられる。いや、実は一度だけ、例外がある。それはまた他の機会に書こうと思う。そのたった一回、つまり過去およそ3000回のツアーにおいて、2999回無事故だ。これには明らかに無視はできない重要なテーマが隠されている。またどこかで書こう。

そのアシスタントは、ヒルトンでお別れ。その日いちにちの大貢献を讃え、握手して別れようとしたところ、

「これ、ほんの気持ちです」

と恭しくチップを差し出してくれた。次のホテルへ急ぎ向かわなければならなかったので、お礼を言ってすぐ車両に駆け戻り、車窓に手を振り交わしながら、ファエアモントへ向かった。

ようやくお送り終了。また今日も無事だった。帰宅してまた思う、また今日も無事に帰れた。自室に入り、普段着に衣替えようとするとジーンズのポケットに何か入っているので、おやっと取り出してみると、そうだ、アシスタントからのチップ、小さなポチ袋であった。先ほどは慌てていたのでいただいたものをそのままポケットにしまって、次のホテルに向かったのだ。今こうしてみると、なんとその小さなポチ袋には横から見た、歩く猫のシルエットがリアルに描かれていて、何ともブッタそっくりだ。そしてひとこと縦書きで印字されている。

「ありがとう」

サンスクリット語、英語、日本語そして猫、人間と言葉や種族が異なっても完全に通じ合っていることが、心の底から実感された。

「あれでよかったのだ」

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ポハク西田
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