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公開日:2020年4月25日

 

「ヤァー」

誰かに呼ばれた気がした。

その朝はヒルトン系のコンドミニアム・キングスランドでのお迎え。以前に家族連れでツアーに参加いただいた東京の内科の先生のたってのご希望ということで、貸切のチャーターとなっていた。

歳ほど上の人で、以前お会いした時はまだ札幌の病院勤務だったため、単身赴任中の家族旅行だった。久しぶりの団欒の休暇。しかし、当時、彼はいわゆる大きな変容の時期の真っ只中にあり、突如、聞こえるようになったという聲なき聲にしたがって、先生の言葉を借りれば、訓練中だった。あそこへ行ってこれをせよ、この本のここを読め、朝3時に起きてこうしろ、これこれは食べるなあるいは食べろと指示が来るらしい。そしてその悉くに意味が隠されていることが確信できるようになってきたので、むしろこちらから尋ねるようにまでなっているらしかった。しかしそれが、奥さんと四人のお子さんの間では、すこぶる心配事となっていて、挙動不審や統合失調症の疑い、果ては父権失墜などの憂き目を見る羽目になってしまっていたのだ。ところがどういうわけか5年前のその日、ツアー中の話の内容に極めて先生の言動に類似するところが多々あったらしくその後、家族内での先生の立場は復権したという経緯をメイルで知らされていた。今回の目的は、アカカの滝で祈りを捧ることであるという。

業界用語でFITといって、通常ツアーは乗り合いになる。十一人で満席と制限しているのは、ゲスト一人一人との関係づくりが、それ以上多くては難しくなり、ともすればツアーの満足度を落としかねないという懸念からでもある。長年ハワイ島でガイドを続けていると、ツアーというのは、観光スポットを巡ってゆく軸線にガイドとの親密度が結ばれてこそ、それぞれのゲストにとってより良い思い出になることは誰にでもわかることだ。

とりあえず十人前後のゲスト数で催行が日々継続できれば、経営上も不安はない。したがって、貸し切りチャーターという場合は、およそ十人分の総額を1組で背負ってもらわねばならないので、やはり、メンバーが多いほど一人当たりの分担額はお得ということにもなる。これは余談。

約束の時間よりもかなり早めに来ていたので、よもや先生ではあるまい。ましてや、家族らしい集団は視界のどこにも見当たらない。気のせいだと思った。

「ヤァー」

また聞こえた。声の方を見ると日本人夫婦と思しき二人ずれの姿がこちらに近づいてくる。もとより先生の一行ではないと思い込んでいるため、どこかに知り合いでもいて、遠くから声をかけている何某さんなのだろうと辺りとキョロキョロ見回していると、今度は手を振りながら

「ポハクさーん」

先生であった。てっきり前回のように、奥さんとお子さん四人を連れていらっしゃるのだとばかり思っていた、が、それにしても傍らの若くて美しい女性はいったい誰だろう。

ここはプロのガイドとして、初対面となるその愛人かも知れぬ人に戸惑いを見せぬようにせねばなるまい。先生もそこまでこちらを信頼してくださっているのだから。実のところ先生のお顔はおぼろにも覚えていなかった。もうあれから5年もたっているのだ。ただその後、何度かメイルのやりとりがあって心はいくぶん繋がって、あらかじめ親近感という絆があった。そして今回はふたりっきり、といういう意外な事実もさっと腹に収め、気心を整えて向き直った。朝一番、笑顔のあいさつは大切。

「お久しぶりです!」

そう言いながら、親近感は一層強いものになって、7000キロの隙間と5年間のとばりは糸もたやすく消え去った。そして、変容期を経て安定されている雰囲気が容易に感じられた。

「あら、ちょっと痩せたみたいね。」

傍らの女性が微笑みかけた。

驚きの声が数ミクロン、喉元に出た刹那になぎ払う。混乱の色が千分の一秒目に浮かんだ途端に覆い隠す。

「奥様におかれましては、神秘のお若さのままで。」

お客商売である以上、嘘ではないことを、いかに、やらしいお世辞に聞こえない加減で表現してゆくかに気を使う。しかし本当に奥さんはこんなに若々しく綺麗だったろうか。四人も子育てをしている同年代の人なのに。正直、驚いた。先生は、嬉しさが滲み出る笑みを浮かべながら

「はい、これお土産。」

と、白い紙袋を差し出す。恐縮して中身を取り出すと、一冊の写真集だった。表紙にはたった二文字で

神宮

とだけ記されていた。

もう随分になるが、伊勢には学生時代に一度訪れたことがある。杉の巨木の杜に全く塗り物を施さぬ、極めて簡素で大きな木造神殿がたたずんでいた。その深い静けさの中に侵し難い臨在感が漲って圧倒されたのを覚えている。しかしその後しばらくして日本を出てしまい、もうかなりの年数になっていることもあって、想いを寄せることはなかった。そう、既に15年も離れたままだ。

外国に憧れていたわけではない。むしろ外国かぶれしている人たちを密かに軽蔑していた。日本が嫌いだったわけではない。それどころか好きで好きで仕方がなかった。だから苦しくて苦しくてたまらなかった。幼い頃からそうだった。何かか違う。こんな日本に誰がしたのだ、これは日本ではないとぼんやり思っていた。

どうやら、時代がくだるにつれて、知らぬうちにそんな想いが募ってか、子供たちを日本ではない日本に連れて行くことも躊躇した。正直いって怖かった。幼い頃からの鬱積が絶望となって襲いかかってくるのではないかと。そしてもしその痛ましい姿に一縷の希望さえ見出せなかったならなどど思うと、やはり行けなかった。抽象的な物言いで奔走して申し訳ないが、これ以上はこの7話とは違う流れを組む内容となってしまうので、これにてご勘弁。

ところで一体のその理由と求める答えはなんなのか。50歳を超えても見極めはついていない。だから書くのだ。

書くことで自分がわかる。自分がわかれば解放される。

愛しき君よ

健やかであれ

あるがままに

幸いであれ

 

恋しき君よ

その源の清き流れよ

 

森を伐採し尽くしたのか

山を切り崩したのか

川は濁り

泉は悪臭を放つ

光は陰り

闇は色濃い

その名に恥よ

その名ゆえに泣け

書くことであって、情報を漁ることではない。掘り下げることであって、掃き集めるわけではない。しかしようやくその年になって、ツアーでめくり合うゲストから20年ぶりの御遷宮であることや、更に出雲のそれと重なる史上初の稀事であることなどを聞いたくらいである。しかし、その写真集を受け取った時は、妙に嬉しかった。

ワイコロアにあるキングスランドからアカカの滝までは途中、軽く休憩を挟んで2時間はかかる。観光ではなく任務できたという先生は車窓に映る景色には全く興味がないようで、あれからのことを色々と話してくださった。しかし、もう身に染み付いたガイド業、奥さんを放っておくわけにはゆかず、なんとか先生談話の隙間を見つけては、案内するよう心がけてもいた。そしてようやくアカカの滝のパーキングについた。

アカカの滝はハワイ島の東側、ヒロに近いホノムという地域にある。           

乾燥したワイコロア地域とは異なって雨が非常に多い。標高4200メートル、聳え立つマウナケア山頂にはよく雪も降る。この数千年間は活動は全く沈静化しているものの、学術上はれっきとした活火山である。その雄大な東部斜面は、太古の氷河による浸食や激しい噴火活動、および地殻変動などが生み出した独特の地形。さらに多量の雨の洗礼を受け、鬱蒼とした熱帯雨林がこの海岸線ハマクア全域を覆っている。

ツアーバンを止めた後はしばらく森の中の整備された細いトレイルを歩いてゆかねばならない。木立の隙間から覗く深い渓谷の斜面は、岩壁を思わすかのように切り立っている。そこを流れ落ちる130メートルの大瀑布は、美しい。ストロングスタイルのナイアガラやイグナスとは違う、絵として眺めれば極めて洗練された、フィボナッチ的な構図バランスがある。  つまり癒し系の景観、オー・ビバ・ハワイ!といったところか。数歩ひき下がって伝えた。

「先生、それではどうぞお好きなだけ。」

他の観光客も十人ほど集っていたが、一向に御構い無しで静かに礼をして、胸の前に手を合わせるが、この人はもしや古参の茶人かはたまた神職かと思わせる清楚さが、わずかなその挙動にあった。そして黙祷が始まる。周りの外国人たちはあえて見てみないふりをしていた。じろじろ見るのが憚られるほどにその良心に響く姿だったからだろう。10分ほど続いたと思う。

およそ1キロほどのループになっているトレイルなので、また歩き出した。17年前に闖入してきた外来種、プエルトリコ産のコキという雨蛙が泣いている。その名の通りコキッコキッと。そして瞬く間に蛇の全くいないこのハワイ島の熱帯雨林地域に爆発的に増殖し、殊にそのMax 70デシベルという高域の騒音が社会問題になったが、結局なすすべなく、島民は慣れてしまった。

毎日のように歩いているトレイルだが、こうして観るとあらためての熱帯のジャングルの中にいることを実感した。とその時、なんの前触れもなく、ふと思った。そして何度かその想いを胸の内で反芻してみたが、

「先生、伊勢に詣でます。」

と後ろ姿に呼びかけた。       

じみとうなずいた先生は、眼を大きく見開いて言葉を返す。

「そう、それが今回の旅行の本当の目的でした。日本での事は一切私が面倒をみます。日程を考えて航空チケットだけ押さえてください。私が神宮をご案内します。」

この瞬間、それまでの15年間、考えたこともなかった来日が決定してしまった。大義名分は

神宮公式参拝

となった。

夕暮れ時に、同じワイコロアにあるマウナラニホテル内のカヌーハウスでディナーの予約があったので、アカカの後は島の中央を横断するサトルロードを疾走して帰った。全くツアーになっていない。ただただ恐縮していると、夕食まで誘われた。お子さんたちはもう大学生を筆頭にもうあまり手がかからない年だが、やはりお久しぶりの二人きりのランデブー、お邪魔になってはと丁重にお断りをした。ところが奥さんが

「是非ご一緒なさってやって。主人はあなたに会いにきたんです。弟のように思っているのよ。」

返す言葉はもはやない。

 

 

心地よい爽やかなブリーズに椰子の葉がゆったりとそよいでいる。パラパラと小気味の良い葉擦れのねがいつ聴いても心地よい。渚に面したこの高級レストランのテラスにテーブルが用意されていた。先生は至って上機嫌である。

こうしてともに過ごす時間が増すにつれて、特にこちらが、仕事であるガイドモードを外してからさらに親密度が増した。というのも、大変よく似た魂であることがジンジン響くからである。ですよねぇ、だよねぇ、の連続といった具合。ちなみに先生は年に十度は伊勢を訪れるというツワモノ。

日の本は大丈夫ですよ

この日から、先生との交友が続いてゆく。このシリーズでもいづれまた、先生のことを綴ることになるかもしれない。それほどこの人は、あたかも、縫い針に通された木綿糸が亜麻布を上下上下とかえしながら仕立ててゆくかのようにそれ以来、不思議なキーパーソンとなってゆく。そしてこのような大きな出会いはいつも

図らずも起こる

のである。

この記事の著者

ポハク西田
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