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公開日:2020年4月23日

顔。何と不思議な現象だろう。苗字。何と意味深な符号だろう。

そう、顔、苗字これらはいづれにしても、大変な情報を秘めながら、渡り続ける時の箱舟である。ほとんどそれらは顧みられることも取り沙汰されることもなく、しかし、世代から世代へと確実に継承されて行く。いつかどこかでその真義の開示されることを夢見つつ。

ハワイ島でツアーガイドを12年間、続けるうち、日々10時間以上、ざっと5万人以上の日本の人々とお付き合いをしてきたことになる。特にここは大きな島で、ツアー行程も長い。こちらからの一方的な案内だけでは決して良いツアーにはならない。常に参加者全体の空気に注意しながら、ゲストの一人一人としっかり心を通わせ、自然に、みんなが和気あいあいと打ち解けて行くように誘導して行く必要がある。つまり、そう言った、心を開き合う作業を長年、多くのそれも初対面の日本の人達と繰り返して行くと、自然、日本人というものの様々な特徴が分かって来るものである。そういった経験の中で、日々のツアーで無意識になされてしまうようになった作業が、お顔の分類と名字の由来の考察である。

日本人の顔は全てさまざまな部族顔に分類できる。今となってはもはや、いかなる初対面の人でも、日本人であれば、初めてお目にかかるお顔立ちの人はいないと言っていいだろう。既知のいずれかのお顔のパターン、つまり、いづれかの部族特有の顔立ちに分類できてしまう。簡単に言えば、よく似ている。これを

部族顔

と呼んでいる。また、外国の人々にもこのようなパターン化ができると言い切りたい。、なにぶん、日本人ほど深く関わってきたわけでいないのでそれほど自信はないものの、若い時からインド旅行や、フランスでの生活、アメリカ本土さらにハワイへと流れてきているので、いろいろな人種を見、触れ合いそして、ゲルマン系ダッチ・アイリッシュの妻を持ち、ハーフの次世代を育てた経緯を踏まえて、四捨五入的に言い切ってしましたい。さらにここで、すでに述べた経緯を踏み台にして、思い切っていってしまおう。

日本人には世界中の人種の顔が、柔らかく溶け込んでいる

つまり日本は世界有数の混血国家

苗字に関しては、日本人の場合、よく考えると面白いことに、皆例外なく漢字となっているが、その字のが祖先の職種を表していたり、例えば、今思い出される些少のものだけでも弓持さん、酒屋さん、鍛冶さん、大蔵さん、染谷さんなどなど。また音には祖先の生い立ちを表すものが見られ、アモンさん、ウリュウさん、ノトさん、マナセさんなど、日本語としてやや奇異に聞こえるお名前は外国語である可能性も高い。実際北海道の地名のほとんどが、アイヌ語を漢字で置き換えたものになっている様に、違う言語圏の音を取り入れているので、異なる文化圏からやって来た祖先とも考えられるということだ。私たちが知っているつもりの歴史などは、砂漠の中のほんの一握りの砂ほどの出来事だけで、それすらも、確証は持てないのである。だからこそ今の時代、情報化社会の大海原を同じ渡るならば、

大いに冒険をして、持論を育むべき

だと思う。そして

自分なりの価値観をしっかりと育んでゆくこと

 

がとても大切になって来る。大変便利に思える情報化社会の大きな落とし穴は、何でも分かった気になって、実は価値のある何も得られないということだ。経験によって初めて得られる、その人だけの生きた情報の価値を見出せないままに。それどころか、簡単に情報操作で扇動されてしまう様になる。そして知らぬうちに

自由と平安が失われていることにも気付かなくなってしまう

いやいや少し、激情に走ってしまった。話を元に戻そう。

その日の朝5時。カイルアコナのやや南に位置する、シェラトンホテルでのお迎えから始まった。まだ太陽が登るのまでにはかなり時間がある。手が届きそうな大きな満月が、水面をキラキラと照らしている。まだほとんと車の通らない、海沿いのハイウェイを南下しつつホテルに着いた。ここからはお二人のお迎えだ。

「おはようございます!」

ボーイもまだいない、静まり返ったロビーに響き渡る大きな声。それも凛としたキレの良さが、心地よかった。一眼で新婚とわかる初々しさに満ち溢れた二人。30前後に見える、長身の青年とそれゆえにやや小柄に見えた可愛い奥さんだった。淡い黄色のチューニックが幸福感を一層、際立てていた。

「おはようございます。藍染の色で、紺と言います。」 

これは、この人の名刺がわりに使われている、毎度のセリフであることはすぐに分かった。しかし珍しいお名前、つまり苗字だ。必ずやあっと驚く由来があるに違いない。これは直感だった。

「おはようございます。それにしても元気いっぱい。幸せいっぱいの新婚さんですね。」

 

日本では見かけないらしいが、ツアー車両は天井の高い12人乗りのスプリンターというベンツのバンである。車内では大人の男性でも楽々と立ち上がれる空間性が好評だ。大きなスライディングドアーを開いて、中へと誘導した。まだ外は暗いので、次のホテルへお迎えに向かう道すがら、彼らのお顔はルームミラーで確認できないが、どうもこの青年、その面構えにしてもただ者ではない。

「コンさんですかぁ。珍しいお名前ですな。昔、大村崑というタレントさんがいらっしゃいましたが、苗字でコンさんとは初めてお聞きしますよ。で、日本のどちらから?」

「青森です。」

決まり。決まりだ。この容姿、その苗字。

そして、みちのくの青森となれば、もう決まりである。この180センチ以上の男の面構えにモウモウと豊かな髭をたくわえさせ、荒布のローブに革の腰巻とサンダルそして長い杖を持たせれば、

「あなたは、古代イスラエル人です。」

暗い社内で彼は驚いて聞き返してきたので、簡単に、古代イスラエルのアッシリア・バビロンの捕囚時代の歴史的背景も含めて、持論を展開。ことの真偽よりも、いかにゲストの心を掴むかが勝負である、出会いの朝。今朝は期せずして、旧約聖書の世界が飛び出してきた。

その日は様々な世代のご夫婦方をご案内することになった。五軒のホテルからそれぞれおひと組づつ。いつもの様に、参加者全員を乗せたバンは見事に染まるかわたれどきの東の空にしばしの別れを告げて、ハイウエイ19号線から島の北部に伸びる半島の先端までを巡る270号線へと左折。いよいよツアールートに入る。

乾燥したサバンナを思わせる海沿い景色もようやく鮮やかに浮かび上がり、走行中の案内も、しっかりと風景を踏まえた地に足のついたものとなっていった。この辺りでは毎日、ハワイ島の大きな特徴である気候帯の豊かさと、パワースポットとして類まれな条件が備わっていることなどを運転しながら、ハンドフリーマイクを用いて話している。

北端部を通過して、ハヴィ、カパアウと70年代まで砂糖の生産で栄えた、小さな町を通って、ついにポロル渓谷展望台のそばに着いた。ここが、270号線の終点であり、そこから先は、この渓谷を始めとした無数の渓谷が連なり、数百メートルの断崖群が、荒波に立ちのぼる朝霧の中からせり上がっている。ひとつ目の渓谷であるポロルを含めいくつかの渓谷には70年ほど前までは集落が残っており、人が住んでいたらしいが、今はもうその痕跡さえ探れない熱帯雨林のジャングル。最後の世代の住人ニックさんも、もうかなりの高齢となられている。その絶景が、まだ見えてこないところにバンを止めて、展望台までの往復の自由散策がツアー行程の事始だ。ここの散策の時間で、いつもゲストのひとりひとりとさりげなく寄り添っては雑談して親近感を一気に高めておくことが、ツアーづくりの常套手段となる。しかし、その朝は、紺さんに首ったけになってしまった。

「紺さん、お仕事は何をなさっているのですか?」

「奥さんとは、どの様にして知り合われたのですか?」

「趣味は何ですか?」

どんな質問にもハキハキと答え返って来る。屈託のない人だ。のびのびとした気持ちの良い青年。営業マンをしている人には、共通の話しやすさがある。しかし彼には、その好感度の高さを超えてあまりある、何かがあった。何だかワクワクしてくる。

「紺さんのお名前は、ヘブル語ですよ。」

流石に、戸惑いが、苦笑となって彼の表情に現れた。そんなことは今まで言われたことも聞いた試しもないという。しかしそこにたたみかけた。

「今日中に、それを立証しましょう。休憩時間にフル稼働して調査します。」

それを約束して、他のゲストへと身を寄せていった。さあ、恒例、ポロル渓谷写真撮影のコーナーだ。雲井を割って上った太陽がようやく少し見上げるぐらいに現れた。それぞれ5組のありのままの幸せを映し出した、めおと写真を撮り終わって再びバンに集合。お次は、カメハメハ大王の元祖銅像へと発進。ツアーは滞りなく続いてゆく。

お昼前に、ビックアイランドキャンディーズに着く。ここは、日本人ツアーのみならず、ヒロを訪れるツアーなら、必ず立ち寄ってゆくハワイ島きっての有名店舗。創業以来40年以上も手作りで創作のお菓子を何回か移転したもののいつも老舗のみで作って販売してきた。昨今、オアフのアラモアナショッピングセンターに販売店舗を開いたので、ここでしか買えません、という看板は少し汚された。しかし、ここからの出荷品のみの販売ということで、ハワイ島を愛するツアーガイドとしては大目に見ることにしている。何よりも、創設者の日系二世アラン・井川さんの人柄の素晴らしさを、初対面の折、涙を持って体験している上に、立ち寄るツアーのガイドへの心配りも行き届いているのでこのお店への信頼とその宣伝は少々のことでは、揺るがない。人情というものが、論理を凌駕している良例である。さすがの超有名店だけあって、あらかじめ買い物リストまで用意しているゲスト各位からの要望も多いため、ここでは30分、差し上げている。そして、今こそチャンスだ! 早速、英語でリサーチを始めた。

というわけで。答えは出た。その情報がどれだけ信頼できるのか、あるいはそこから結論したことが、どれほどの信憑性があるのか、結局、誰にもわからない。しかし、もとより、

ゼロから無限に、無限からまたゼロに

戻るこの世界だ、人生だ。有益に使うか、捨て去るかも全くの自由だ。つまりは同じことなのだ。このお店の後は、ナチュラルフードストアでオーガニックのバイキング・ビユッフエにて各自のランチボックスを盛り付け、いよいよ世界遺産、パワースポットの中核、キラウエア火山へと向かった。彼の方から、朝の約束に対しての催促などな全くない。明らかに、それほど本気で聞いていたわけではないことがわかる。しかし、今に驚くぞ。今に。

世界一活動頻度の高い、活火山キラウエア。2000年近く前から、ハワイの人たちに崇められ畏れられた、聖なる山。今はこんなに簡単に、車で巡ったり、トレッキングしたりできるアメリカナイズされた国立公園ではあるが、ハワイの人たちの宗教的側面も大切にしょうとする努力がうかがえる。日本人ツアーガイドとしてはむしろその畏怖の念を忘れない様にしたい。さらに、感謝の念も表裏の関係として、大切にしているつもりだ。ちなみに二つを合わせたものを畏敬の心という。

アメリカ人と日本人では、思考回路が違うので、アメリカの国立公園で日本の人を案内する時には、日本人の心の琴線に触れる様な案内の仕方への工夫が必要となる。大自然を科学的に宗教を民族学的に明解に説明するだけでは何かが足らない。あるいはあまりこと細やかに理路整然と説明するより、自然と自らが沈黙の内に対峙する時間がむしろ喜ばれるというのが、経験から学んだ気づきだ。

アメリカ人と日本人は感性も価値観も思考法も違う

もちろん多分に互換性はあるもののの、PCMac以上には余裕で違うのである。

さて、黒々とした雄大な溶岩流の大地での昼寝も満喫、女神ペレの宿るハレマウマウ火口との驚嘆のご対面も首尾よく澄まし、興奮でやや上気した社中のまま、今度はキラウエア火山の裏側を南部のカウ地域へと降る。此の30分間は、通常、ジャンルや内容を問わず、公衆倫理上、聴きづらい内容のことも含め、何なりと質問を受け付ける時間に当てているため、いろいろと面白い意外な話も出てくる頃合いでもある。そこを使う。何の前触れもなく。

「お待たせいたしました。発表いたします。ポハク総研のリサーチによりまして、紺さんのお名前、KONの由来は、3千年以上前のお話ですが、古代イスラエルの指導者モーゼの兄上であるアロンの血筋である可能性が高いことが判明いたしました。従って代々、神官の家系であるため、代くだってその昔、津軽に渡来ししてからもその仕事を続けていたかもしれません。つまり紺さんは、神様と契約を果たし、そのお世話をせよと命じられた特別な血筋です。これ以上のことは今は申せませんので、各自ご究明のほどを。」

上に添付したページ簡単に説明しておくと、

「姓には、様々な起源かあり、時として複数の異なったものを持つ場合がある。この家名については、祭司およびレビ 族の家系であると言える。Kon はKohen の変形。ヘブル語で祭司。このKohenという家名は、現存するユダヤ人家名の中でももっとも多く、そして古いものであ利、旧約時代に祭司の家柄であった、Kohanim Kohenの複数形)の子孫であることを表している。モーゼの兄にあたるアロン は神の命によりその幕屋(当時の神殿)を司る初めての大祭司となったがその子孫が、Kohanim となり、70AD にローマ軍によって、エルサレム第二神殿が破壊されるまでの間、幕屋(エルサレムに神殿が造られるまでの時代に、幕を貼って、契約の聖櫃を安置した、移動式神殿。)やエルサレム神殿(第一はソロモン王の時代に建造。BC586年にバビロンによって破壊され、70年後に再建、第二神殿と呼ばれる。)において、祭司職を務めた。また、現代においてもユダヤ社会の中で宗教的な特権と義務を有している。以下、西洋諸国における派生した家名など。」

以下補足のページの添付。

夕暮れは、もうお別れの時。シェラトンに到着した。運転席から飛び降りて、サイドドアーをひらいて、Kohen ご夫妻を誘導する。最後列から立ち上がったお二人は、参加してくれたゲスト全員と何度も何度も、そして何度もお互い、お礼を交わしてツアー車両から降りてゆく。こういう点もアメリカに長く住んでいて、面白いと思う。なぜゲスト同士がお互いに感謝の意を丁寧に評し合うのだろうか。これは100%12年間、違うことなくに日々目撃し続けた日本人の真実である。正面からしっかりと見つめ合って、万感の思いを喚起させながら、握手を交わした。

「あなたはまだお若い。前途洋洋とした人生が広がっている。奥さんと二人、あなたのその連綿とはるか旧約時代からもたらされた血に従い、本心を誤魔化さないでしっかり歩んでください。楽しみ楽しみ。」

キュッツキュッッとタイヤが小気味良くなる。ロビー前のサークルを緩やかに、バンを走らせてホテルを後にしたが、車窓に姿が見えなくなるまで、二人はそのまま立って手を振ってくれていた。

「日本人らしい」

誰かが、後方で微笑んだ。

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ポハク西田
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