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公開日:2020年5月11日

外に飛び出ようと左足が地面についた時、運転席から車両の後部にかけてが、無残な鉄屑のスクラップとなっている。全てがおしまいだと思った。娘の学費が払えない、ツアーも会社もおしまいだとかすみのように漂う思いをとにかく振り切って、右回りつまり粉砕した車両の前方を迂回して昇降用のスライディングドアに手をかけた。幸いこちら側には損傷はほとんど見当たらず、力一杯開いた。車内灯は全くやられてしまっていて、最寄りの街頭のぼんやりと黄ばんだ薄明かりに車内の様子が浮かび上がった。途端に脚が震え始め、呼吸は浅く速くなり始める。文字通り足が地についていない状態。今にも飛び出してしまいそうになる心臓。自らの内側で起こっているあらゆる異常事態への焦燥と嫌悪感が一気に自分と呼ぶべき何かを頭上へと引き上げた。耐えがたい精神的圧迫から逃れる場所は唯一そこしかない。お客の現状よりも、自分の内側に巻き起こっている大混乱をなんとか回避して沈着冷静な態度、揺るぎない自信に満ちた判断を獲得することが最優先だった。演技ででもなんでもよい、朗らかな声で安心を与えれれるように。本心でなかろうとも誠意が表現されるように。

「みなさん、大丈夫ですか?!」

車内に乗り込みながら客席の一列づつ、手を差し伸べながら安否を確認する。体の中はあたかも真空状態ように感じられたがただ懸命に取り乱さぬよう、ひたすら自らへの警戒を緩めなかった。

みゆさんはお母さんの膝枕で熟睡中、事故が起こりその強度の衝撃によって前後不覚の混乱状態。視線は蒙として定まらず。言葉を発することすらもできない。突如変わり果てた娘に心砕かれたお母さんと正体を失ったお姉さんは

「みゆちゃん、みゆちゃん!しっかりして!」

と連呼をやめない。これが一列目。二列目の中川夫妻にとってはこのツアーが新婚旅行での最大行事だと聞いていた。そしてこの二人には木っ端微塵に砕かれた窓ガラスが降り注いでいた。ここの席からでは何か事故に巻き込まれたことは分かっても一体何が起こったのかを正確に把握することはできていないであろう。つまりは一瞬にして現状へと変貌したわけだ。さいわい外傷はなかったが、どこをどう打っていいるかしれない。三列目の鈴鹿夫妻は熟年のご夫婦。片方のレンズが失われた眼鏡をかけたままの奥さんの肩を抱きながら、流石に一代で名のある会社を築かれたという厳格そうなご主人は、俺たちは大丈夫、と微笑んでくれた。それはあの突如襲った衝撃から初めての、あくまで束の間の、安堵感を与えてくれた。

みな怪我は無かった。しかし油断は決してできないのだ。ガラスのない車窓から風が吹き込み、あちこちと意外なところから垂れ下がった腑抜けの白いエアバッグが皮肉なゆらぎをやめない。同じその車窓にその日一日どれほどの美しい風景が写っていたことだろう。そんなことはもはやなんの慰みにもならない。

お客全員、流血は免れていた。みなを車外誘導し安全な場所を確保した時にはすでにパトカーがチラチラと当たりを青い色に照らしながら、次々と集まってくる。そんな状況下でとにかく民子さん(仮名・窓口の担当)に電話を入れた。短く明快に何が今起こっているかを通報しておかねば。

「今、事故に巻き込まれ、その対応にあたります。お客さんはみな無事です。詳しいことはまた後で。」

この悪名高きカイミナニの呪われた交差点では頻繁に事故が起こる。今まで何度もツアー中に目撃してもきているが、今回は自分のツアーが生贄となった。すぐに誰かが通報したのだろう。さっさと交通整理や清掃が始まり、みるみると事故現場は仰々しいものとなった。一般人も車を止めて色々手伝ってくれたり、見物したりしている。ポリスが、調書を取るために近づいてきたが事故発生のあらましを伝えるとそれ以上何も尋ねられず書面にサインを求められた。

相手のトラックの運転手はアメリカ人女性だったが、彼女自信、怪我は無かったものの、たいそう取り乱してこちらの車が全く見えなかったことをうわごとのように繰り返していた。これは明らかに彼女の過失であるはずだ。しかしこちらには落ち度がなかったのかどうかは、正直いって自信はなかった。というのも、ただいつものようにいつもの速度でいつもの交差点を走り抜けていたわけで、信号が青であったという記憶がなかったからである。だが同じような例は山ほどあるのだろう。ポリスも当然の如く不注意のまま右折を試みた彼女の過失として処理していたのでやや緊張がほぐれた。ガイドとしてはお客への最善の対応が最優先ではあるけれど、自分のせいではないという事実がどれほど救いとなったことか。

「まもなく救急車が参ります。とりあえず、病院で検査をお受けください。その後ホテルへお送りいたします。こんなことになって大変申し訳ございません。大丈夫ですか。」

救急車がやってきた。とにかくまずはみゆさんを病院に送って検査を受けてもらうことが先決だった。迷っている暇はない。心配している時間もない。救急隊員は2名で対応、手際よく作業を開始した。不安気な親族をよそに淡々と後部ハッチを開いて寝台を下ろし始める。横たわったみゆさんに幾つかの質問が続くのを通訳しながら他のお客に気を配った。彼女を車内へと収納開始。意外に広い空間で白を基調にした種々の医療器具が備わっている。

「これからコナホスピタルへ搬送します。同行者は1名のみ。IDの提示を願います。」

パスボートか日本の運転免許書となるが、そのようなものはみゆさんたち3名は持ち合わせていない。さらに、お母さんとお姉さんなので、一緒に病院へ連れて行ってもらえるよう願い出ると

「同行者はひとりのみ、IDの提示が必要です。」

そんなことを言っている場合ではない。後の二組にも急ぎ病院に行ってもらわねばならない。タクシーを呼ぶことが当初から念頭にあったが、この島には道で拾えるタクシーなどというものはなく、みな予約か電話で呼び出さねばならず、そう言った細々としたことに、この巨大な切迫感が分け入ってゆくことなどは到底できっこない。そうだ、さっきすれ違った駒橋さんにお願いいしよう。

彼らはすぐに駆けつけてくれた。凄惨な背景となった事故現場をうかがいながらも安否を気遣ってくれるがその表情には悲壮感がにじんでいる。とにかくお客を病院へ連れてゆく援助を願った。振り返って救急車を見ると、みゆさんはもうすっかりと車内に収められていた。どうやら落ち着きを取り戻したようだが依然、同行者とのIDのことで事態は滞っていた。

駒橋さんの赤いレンタカーは5名乗りのハッチバック。当人の夫婦と二組のお客を同乗させると明らかに定員超過となる。自分はここに残って良い、それは後回しだ。となればみゆさんとお母さん、お姉さんはどうしても救急車で行ってもらわねばならない。日本語だったら、無理は承知でそこをなんとか、というセリフになろう。

IDはない。病院へゆく手立てもない!」

訴訟大国アメリカでは、救命活動時の約束事つまり、いかに事態に対応してゆくかのマニュアルとフローチャートが確立されており、その流れに沿って周到にことを進めてゆく。後になって手当ての不手際等でこうなった、ああなったと訴えられる可能性が極めてたかい国である、日々全土で頻繁に繰り返される訴訟とそれに対する未然の防御策の必要から生まれる当然の結果だ。つまりプログラムされたこと以外はできないということである。

This is what it is! (これが現状なんです)」

強く念を押しておいて、また振り返って駒橋さんの車に皆を乗せた。複数のポリスの行き交う中で交通法規を破っていることは間違いない。愛車のツアーバンがレッカーに牽引されて消えてゆく。おそらく全損の扱いになろう事はその惨たらしい姿から容易に想像される。これまで数千の人たちとハワイ島の素晴らしい思い出を分かち合った一番の功労者たる、君が死んだ。そしてその亡骸は今どこか知らないところへと連れ去られてゆく。

バタンと後方で音がした。振り返ると救急車が発進。お母さんもお姉さんもそこにはもう見当たらなかった。とっさにやはり自分も同行しなくてはと、レンタカーの車内に散在する荷物を急いで整理、というより全てを後方の荷物スペースに投げ入れて、駒橋夫人と共に体をよじってその上に寝そべり、助手席に鈴鹿夫人、後部座席に中川夫妻と鈴鹿さんに座ってもらい病院を目指した。ポリスは見て見ぬふりをしてくれたに違いない。今や事故現場は他人ごとのように思われ、ハッチバックの窓に遠のく風景となっていった。

コナホスピタルでは三姉妹(病院ではそう呼んだ)が先に救急医療室で検査を受けていたが、通訳やら書面へのサインやら、エージェントへの連絡やら、差し入れを買いに出たりやらで忙しかった。その間、お客の気持ちを下げないように、しかし節度を保って立ち振る舞うように努めていた。それは今なされなければならない表現だと信じたから以外の何者でもない。

駒橋さんは一旦コンドに戻り、また戻って皆をホテルに送るよ、とまで言ってくれた。また中川夫妻が今回、新婚旅行で利用している大手の某旅行エイジェントの支社長も駆けつけてくれて全員それぞれのホテルへと送る提案をしてくれた。そのおかげで病院からホテルまでの移動手段は整うこととなる。もう少し待ち時間がかかるのが甚く恐縮であったが、ねんごろに礼を述べてお言葉に甘えることにして、三姉妹を駒橋さんにマウナラニまで、新婚さんを支店長にキングカメハメハホテルまで、そして鈴鹿ご夫妻をもうそろそろ到着するはずの細君と自分でフェアモントまでお送りする算段を決めた。

その後、X線を含めた検査は全て終了し、結局全員異常なしということだった。中川、鈴鹿の両ご夫妻を見送って三姉妹はうちの自家用車で出発。幸いみゆちゃんも普段の彼女に戻っていたので、安心のうちに明後日の慰問を約束してマウナラニリゾートで別れた。そして妻と二人のなった車中、ようやく肩の力が抜けた。

It’s really strange, tonight!

彼女によると、今夜いくつかの大事故が19号線上で発生、また大きなヤギが何頭もはねられたりしたという。

リヴビングのソファーに身を投げ出したのはもう深夜1時を回っていた。自分に意識が戻ってくる。夕暮れ時の事故発生以来、お客への挺身に全てを尽くす覚悟で過ごしてきた。したがって病院でも自らの検査等は一切拒絶した。それはあくまで、誠意の表現という自らに課した全くの恣意的パフォーマンスである。事故に遭遇させてしまったお客への奉仕の思いで自分のことなどはすっかり忘れてしまったというわけでは決してない。自分を無にする決意とそれを行為で貫き通すことが唯一の贖いだと信じたからである、またそうすることで後日、罪悪感に冒されぬようにしたかった。あるいはともすればのちに受けかねないお客からの非難、クレイムに対する最大の予防策とも思えたからである。つまり本質的には自己防衛なのである。

深夜の静謐の中に独り在った。これからどうするのか。零細企業にして預貯金もなければ持ち家もないのだ。これがあありのままのありようであり、さして不服もないが、医療保険もなければなんの保証もない。そして今、唯一の商売道具たるバンも失った。目下最大の気がかりは娘の高校の学費だ。これからの事に思いを馳せると一抹の不安が心をよぎった。が、もういい。今宵はここまでだ。と思った時、ふと携帯の画面に映し出されている日付が何気に目に入った。2月15日、それはツアー開始の記念日でもある。次々と何かが胸の内に開き始める。事故の意味がようやく分かった。

事故の日付は2月14日。バレンタインデー。この日はツアー創設8周年の最後の日。

乗客乗員合わせて8名で事故に遭遇。

廃車となったバンのナンバープレートはHEV808。

ハワイ州の通話局番は808

本姓はニシで始まり、2X4=8

本名はヤで始まり8

小学校入学時の最終審査はくじ引き。当たりくじ番号で8

そして、誕生日は8月8日。

そう終わったのだ。それまでの自分が。一巡り。今日からまた新たな旅路が始まるのだと確信した事で、なんの心配もなくなった。これからどうしょう、ではなくこれからどうなるのかという期待に胸がときめいた。

鮮やかな血尿が2回でた。突っ込まれた時どうやら脇腹と腎臓を打っていたようだ。なんとなく肋骨の一部が痛い。腎臓内でも出血があったのだろう。まあよい。すぐ良くなるだろう。

そして一年後、鈴鹿ご夫妻が再びツアーにご参加になることとあいなった。

「このツアー、スリルとサスペンスが満載だからね。」

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ポハク西田
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