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公開日:2020年4月18日
最終更新日:2020年5月12日

今からどれほど前のことだろう。もう定ではないが、ある家族連れがツアーにご参加した。40代の夫婦と、そのお子さん、そして奥さんのご両親という感じだったと思う。そしてそのお爺さんこそが、生涯忘れ得ない出会いの人だったのである。

ハワイ島最北部、カパアウに立つカメハメハ大王オリジナル像の前で、順次お客の記念写真を撮っていた時に初めて気になり出した。

まず、お爺さんと呼ぶにはいささか躊躇していまうほどに、その立ち居振る舞いはかくしゃくとして毅然とした雰囲気に溢れている、これは決して言い過ぎではない。なにぶん深々とベースボールキャップをお被りたっだので、その瞳はおろか顔の半分は隠れたままだ。しかしそ口元には終止、やんわりとした微笑みが浮かんでいる事はわかった。更に言えばその帽子の真ん中に、なんとこのガイドの本名のイニシャルYNがはっきりと、それもなかなか好いデザインで入っている。(のちにアメリカの野球チームのロゴであることが判明)ますます不思議と驚きの感に打たれながら、ただ者ならぬ印象を吾が胸中にともす人であることはこうしてツアーの前半で判明した。

その人はツアー車両が散歩スポットに到着するたびに、ガイドの手伝いをこちらが願わぬうちにに嬉々としてしてくれた。さっとその身をひるがえして真っ先にドアを内側から開けてひらりと飛び降り、お客方のひとりひとりの御降車をその手自ら差し伸べての手伝い。更にお客の背中に他方の手をその人の移動速度に合わせてさりげなく添えされながら、

「ササッ」

という言霊で足元の注意を喚起させるという、プロガイドのスキンシップの奥義まで極めている。殊に男性のお客への親切ぶりには目を見張るものがあり、その筋の人なのかとも思ったが、このガイドも今だ逢瀬は持たぬまでも、幾人かの男性とのプラトニックな純恋愛経験はあり、ニューヨーク時代には彼氏に振られ寂しいがっていた、コロンビア人のカミロと、条件付きで、つまり肉体関係はご法度ということで兄弟同然で付き合いをなしていたこともあるので、別段取り立てて、身構えもないままにどんどんとそのお爺さんに惹かれてゆく自分を感じていた。

そのころは、確か、カラパナの溶岩地帯を歩き、実際に溶岩が海に流れ込んでいるところを鑑賞できた時期で、お客に怪我のないよう細心の注意を払うよう気遣いながら、タラタラとまさに流れる溶岩さながらに、海沿いの世界一新しい大地をみんなで歩いてゆく。ここぞとばかりこの時間にそれまで募った大好奇心を一気にさらけ出そうと、件の大先輩に寄り添ってお話を聴くことが出来た。

「先輩はとても不思議な方ですね。失礼とは存じますが、昔はいかようなお仕事をなさっていらっしゃったのでございますか、」

と、足下の安全を確認しながら尋ねるとその人は深々と被った帽子のつばををその時始めて上げ、えも言われぬさわやかな笑顔で、

「ワタシは30年間、自衛隊隊員指導の任に当たっておりました。退任後、今はセブンイレブンで働かせて頂いておりますが、いやあ、民間企業は誠に大変ですなあ、利益を上げねばならないですからねえ。毎日店長さんに叱られてばっかりです。」

惚れた。完全に惚れました大先輩。この爽快な語り部もさることながら、この人の瞳に深く感動を覚えのっだった。炯々とした眼光の鋭さは、限りなく澄んだその瞳の奥の奥、一体この清き目力はどこから放たれて来るのか。答えはますますはっきりとしてくる。その光は明らかに、この人の魂だ。そしてあまりにもの感動のためにそれを讃える柔らかい表現を必死で探さねばならなかった。この時代にこのような人がいたとは。更にこの思いは彼の口から、いやその高貴なる魂から溢れ続ける珠玉の言の葉によって、どこまでもどこまでもこの胸の内に強められ、灯火がほむらとなって、ついに涙と結ばれ頬を伝いだした。素早く手で拭う。

「先輩はツアー当初より、ほかのお客様のことを随分とお世話いただいておりますが、自衛隊員さんのご指導にお当たりになられていらっしゃった御方が、どうして、かくも柔和でいらっしゃるのでしょう。」

と、あらぬ不躾なことを尋ねてしまうと、

「いやあ、隊員教育は厳しさだけではだめですから。何と言っても国という本体を守ろうという男たちへの教育は愛です。長期の演習や山行、同じ釜の飯を食って、寝起きをともにし、屈託なく腹を割って語り、労をねぎらいながらもやはり、士としてのあり方をみんなで考えます。士として立つ者は愛する者、愛する本体のために喜んで行きます。愛のために愛するのですよ。」

そう語る笑顔は光り輝いた。あたり一面を覆う黒々とした溶岩も地響きをたてる高波のしぶきも、そしてほかのお客のこともしばらく完全に脳裏から消滅してしまった。

どれくらいたってか、表層溶岩の雲母状ガラスを踏みしめるザクザクという音が耳に入り、ふと大先輩の若い時代の話などを聞いてみたくなった。

「ワタシはね、防衛大学時代にやはり悩んだのです。これで俺は本当にいいのかってね。このまま士官候補生として卒業し、そのまま制服を着たまま一生を自衛隊に捧げてしまっていいのかってね。時代は高度経済成長まっしぐらでしょ。ちまたは活気づき、同世代の連中は近い将来に期待される物質社会の繁栄を夢見ながらみんな力一杯やっている。俺は本当にこれでいいのかって悩んだ時期があるのですよ。」

敬意を表して深々と相づちを何度も打ち続けた。

「それでね、とうとう大学を辞めようと思ったのですよ。何かこう自分で思いっきり、事業でもやってみようと思ったのですね。しかし辞める前に、一度だけ、同僚であり親友でありライバルでもあった男にひとこと相談しました。寮の自室で机に向かっていた彼に背後から、

『おい、俺、大学を辞めようと思っている。心から敬服する君に一度だけ尋ねておく。本当はどうすべきなのだろうか。』

すると彼は刹那、手を止め、そばらくそのままでしたが、おもむろに何かをしたためて、ワタシには一瞥もくれずに一枚の紙を渡してくれたのです。この男は大学入学時からの同僚で大変な無愛想ながら実際、誰よりも優しいやつでした。三年時からは寮の棟もかわり昔ほど共に過ごすことはなくなりましたが、やはり依然としてワタシの一番の心の支えになってくれていた男でした。渡された紙には歌が一首したためられていました。

浮き世なら

悲しみのみぞ

つもる身は

愛しき国にぞ

吾は捧げん

これでワタシの心は決まったのです。」

「ほら先輩、溶岩が海に注いでいますよ、ご覧下さい。真っ赤な地球の血潮が母なる海に踊っておりまする。先生、素晴らしいお友達ですね。そのような志の方々が今も自衛隊には沢山いらっしゃるのですね。」

「ええ、隊員の士気は旺盛です。」

その時、大量の溶岩流が波間を真っ赤に染めながら、轟々と音を立てて巨大な蒸気の柱を立てた。

「先輩、ひとつお聞かせいただきたいのですが」

と申し上げると彼はまるで子供のように無邪気な御表情で振り返る。遠方で流れ込む溶岩流の赤がそのまま瞳に残像となっているかのような生き生きとした眼差しで。

「隊員さんの方たちへのお教えで最も重要なことはやはり愛だったのですか。」

「いやいやそれは難しい質問ですね。あまり愛という言葉は出しにくいし、本当に大切なことは軽々しく口に出来ないですから。それにワタシのような至らぬ者が実際、隊員教育などということも恐れ多いことなのです。ただいつもワタシ自身は、

死んでくれと頼まれたら迷わず死ねる心でおりました。

それがワタシの仕事でした。」

「またお父さんはつまらない話ばっかりして。ガイドさんが困ってらっしゃるじゃないの。すみませんねガイドさん。」

とおっしゃりながら奥さんはこのガイドの顔をしげしげと眺めていた。

 

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ポハク西田
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